『思い出す事など』(夏目漱石)
死に瀕した筆者自身の回想録であるから、内容はすこぶる重苦しい。
だが私の心に一番強く残ったのは、高等遊民夏目漱石の「意外に人間味あふれる一面」であった。
色々引用したいところはあるが、あまりやり過ぎると全体の分量が馬鹿みたいなことになるので、ほんの一部をここで紹介したいと思う。詳しい文脈などはご自分で買ってお読みなすってください。
二十三(章)
余は好意の干乾びた社会に存在する自分を甚だぎごちなく感じた。
人が自分に対して相応の義務を尽くしてくれるのは無論難有(ありがた)い。けれども義務とは仕事に忠実なる意味で、人間を相手に取った言葉でも何でもない。従って義務の結果に浴する自分は、難有いと思いながらも、義務を果した先方に向って、感謝の念を起し悪(にく)い。それが好意となると、相手の所作が一挙一動悉(ことごと)く自分を目的にして働いてくれるので、活物(いきもの)の自分にその一挙一動が悉く応える。其所(そこ)に互を繋ぐ暖かい糸があって、器械的な世を頼もしく思わせる。電車に乗って一区を瞬く間に走るよりも、人の脊に負われて浅瀬を越したほうが情(なさけ)が深い。ー中略ー
医師は職業である。看護婦も職業である。礼も取れば、報酬も受ける。ただで世話をしていないことは勿論である。彼等を以て、単に金銭を得るが故に、その義務に忠実なるのみと解釈すれば、まことに器械的で、身も蓋もない話である。けれども彼等の義務の中に、半分の好意を溶き込んで、それを病人の眼から透かして見たら、彼等の所作がどれ程尊とくなるか分らない。病人は彼等のもたらす一点の好意によって、急に生きて来るからである。余は当時そう解釈して独りで嬉しかった。そう解釈された医師や看護婦も嬉しかろうと思う。
なんと情味にあふれた文言であろうか。
情味と言っても、他人に対する優しさとかそういうものではない。
むしろ人間の生に対する心細さとたよりなさ、難しく言うなら無常観とでも言えるだろうか、そういう感じである。
病魔が体を蝕み、いよいよ生命の危機ともなって、漱石の心中も人並に気弱だったのではなかろうかと私は想像する。
病気をすると人は気弱になる。
いかに自分を強く信じている人でも、またいかに敬虔な宗教的信仰を持っている人も同じである。
漱石自身は臨死体験の直後期も頭の中は平然としていた、などと述べているが、実際のところ、漱石自身も掴みきれなかった死というものへのおぼろげな恐怖、不安のようなものが心の底には流れていたに違いない。
この記事の執筆者はまだ20代前半だが、こういう死と隣り合わせの文学に触れるのもたまには大事なのかもしれない、と思わされた。
自分は死ぬまでに、何を成し遂げられるのだろうか。